熱海の花火を見に
熱海へ花火を見に出かけました。熱海は最近また復活し駅前も商店街も宿も大混雑でした。 伊豆山神社からの眺め 写真はうまく取れませんでしたが、部屋からの花火見物は最高! 夕食はお寿司会席です。
View Articleアマチャヅルのお茶を作る
今日の富士山 戻り梅雨とかで毎日雨模様 やっと顔を出した富士山 アマチャヅルは五斗目川源流の辺りに群生しているものを採取しています。 アマチャヅル群生のようす、温暖な地域に多い ここは富士宮市 まずきれいに洗って干します。 乾いたら鍋で煎ります、そしてお茶に。ほんのり甘くちょっと苦いけれど美味しいお茶です。 甘茶蔓(アマチャヅル)は日本~東南アジアに自生している植物で、...
View Article南瓜がなるかな?
昨年道の駅で買った「栗かぼちゃ」が美味しかったので種を取っておきました。今春蒔いたらこんなにおおきくなり花が咲きました。 南瓜はなるでしょうか?楽しみです。肥料をやること、1本1本間隔をあける事など農家の友人に聞き今日肥料を買いに行きました。。 あまりに大きくなって困っていたこぶしの木を伐りました。今年新しく芽が出てきたのです。
View Articleクレソン鍋をします。
今日の田貫湖は曇り、富士山は見えません。 田貫湖の端っこにクレソンが自生しています。裸足になって今晩の「クレソンなべ」分だけ摘んで帰ります。 豚肉のロースの薄切りと豆腐、キノコ等とお鍋にします。クレソンが新鮮でおいしい! 近くには水田もあります。 しはらく夏休みをします、
View Article無残なカボチャ
今日の富士山、雪がすっかりなくなりました。 先日掲載したカボチャ、こんな悲惨な姿になりました。昼間は誰かがいるので見ないのですが夜中に来るんですね! それは何か?わからないのです。カラス?鹿?、、、よく見つけるものだと驚きます。ギボウシなどもきれいにやられます。鹿?? こんなに素敵に花が咲いていたのに!
View Article蓮池(明見湖)がどうしたのでしょう?
8月蓮の花が美しく咲いているころと楽しみにでかけました。どうしたのでしょう。湖の半分くらいがないのです。 ほんの少し咲いています。 公園の前にはこんな大きな壁絵画が作られようとしています。来年はこれも完成し蓮もにぎやかに咲くのでしょうか?
View Articleユリカモメ・空中散歩
大変ご無沙汰していました。 今までは、地域の特徴・歴史など中心に「気まま旅」を続けておりましたが、私も今年で79歳となり、体力も落ちてまいり遠方は無理になりました。 ウオーキングがてら近場を再度歩いて、少し深くその地域を訪ねてみたいと思います。 カテゴリー追加し、「四季折々・ふた旅」としました。 第一号として「愛称ユリカモメ」-東京臨海新交通ー空中散歩・有明~豊洲駅を。...
View Article京葉線車窓・海浜幕張へ
「東京湾江東区有明・東雲・辰巳」 有楽町線で新木場へ向かうと「豊洲」駅の次が「辰巳」駅。 駅から出口を出ると、南側は公園が、北側は小学校と中学校、そして大きな団地が拡がっている。...
View Article富士山とブルーベリー
1合目からの富士山 次第に秋の気配です。 ブルーベリー畑からの絶景富士山 それでもカボチャがなっています。大きくなるでしょうか? ブルーベリーの葉を干してお茶を作ろうと思っています。 シュウメイギク
View Article幕張の浜とマリンズスタジアム
「開墾された土地を表す張ー幕張ー」 千葉市花見川区。 愛知県の尾張の張りは、開墾すると云う意味の古語の動詞、「墾る」名詞で「墾リ」-開墾地名ー。 「幕張」は、中世「加」・くははる「馬加」-マクハリと呼んだ。1889年の明治、幕張の字であった伝承に復する形で「幕張村」となった。 「幕」とは、幕を張ったような長い崖、現在は、海岸が埋め立てられ、往古の地形はわからなくなっている。...
View Article富士山と富士急ハイランド
河口湖インターで見る富士山と富士急ハイランド いつも歓声が聞こえる。富士急ハイランドの美術館には富士山の絵が展示されているが、八代亜紀さんの絵は 富士急ハイランドと富士山が描かれている。
View Articleトウキョウの表玄関・東京駅
戦争で中断した中学修学旅行が復活したが、まだ、当時は、食糧難で「米」を各自持参してのお粗末な修学旅行。 我が家は、細長い赤いすじのある「外米」を持参。集合場所が、東京駅で夕方であった。 初めと乗る夜行寝台車、身を寄せながら空腹を押さえながら夜を過ごした。朝日が昇る頃に、やっと「名古屋~」。 ホームの水道で顔を洗った記憶が、また、雨続きで疲れ早く帰りたかった。...
View Article大手町から神田橋
「関東平野」 ー日本最大の平野・本州太平洋岸中央部にあるー 茨城・栃木・群馬・埼玉・千葉・神奈川(6県)とーきその中央に「東京」 北に阿武隈山地・奥羽山山脈南部火山群・足尾山地ー西に関東山地ー南に三浦、房総半島ー東に鹿島灘、九十九里浜で地形は沖積低地と洪積台地、丘陵 第三紀末以降に関東平野の中心部が沈降し、周辺部が隆起する関東造盆地運動が活発になったために出来た平野。...
View Article高速バスで那須へ
高速バスで那須へ旅に出ます。 JR新宿駅南口改札口から直結で「パスタ新宿・乗車場所」へ。 新宿を午後1時出発~那須高原の目的地には午後4時過ぎ「新宿ー池袋ー王子ー首都高ー外環自動車道ー東北自働車道ー川口ー浦和ー岩槻 久喜ー加須ー羽生ー館林ー佐野藤岡ー栃木ー都賀西方ー鹿沼ー宇都宮ー上河内ー矢板ー西那須野塩原―那須ー那須街道へバスで。 「東北自動車道」 は、1987年の昭和62年9月ー 川口JCT -...
View Article那須の宿とコース料理
「那須に大運河計画が」 1877年の明治10年、那珂川上流で実地調査が始まり、翌年8月には精密な測量が。測量の結果、東京までの水路に必要なのは約45キロの掘削。 「水路の延長 11里16町51間5尺・高低差 1165尺・河川横断 5カ所・水門 52カ所・橋梁 61カ所・工費 16万6000円」 測量結果は14冊の冊子にまとめられたが、総工費は膨大で、とても民間だけで実現はできません。...
View Article那須戦争博物館 1
「自分史」から 日露戦争から第一次世界大戦を経て、大正12年に関東大震災、大正14年は普通選挙交付またラジオ放送が始まった。 ドイツではヒットラーが『わが闘争』を出版し、世界の情報も急にスピード化してくる。 昭和に入ると、蒋介石の国民党の大改革があり、毛沢東は江西省片岡山に根拠地を構えた。昭和3年、第1次張作林爆死事件発生。蒋介石が前面に出てくる。日本の第一山東出兵が始まった。...
View Article那須戦争博物館 2
「自分史」から ・・・・疲れきった兵隊引揚者も次から次と東京を目指して集り、東京に行けば何とかなるという人々の街になった。 上野の森では、戦場で傷を負い、白い病衣姿の負傷兵がハーモニカ、アコーデオンなどの楽器で悲しげな曲を奏でていた。 目が見えず、片脚片腕がない、。道行く人々に頭を下げ、胸につるした箱の中に僅かな同情の寄付を集めて、電車の中にも現れた。...
View Article博物館 小野田少尉と横井庄一さん
ルパング島で30年戦っている 小野田少尉(横井軍曹など関係書類50点) 「28年間戦争だとおもっていた。・・・・日本兵 横井庄一」 恥ずかしながら生き長らえて、帰って参りましたが第一声。 横井さんが保護されたのは、1972年の昭和47年1月24日。 28年間もの長期間、密林での潜伏生活を送っていた横井さん。なぜ、彼はグアム島の密林に潜伏しなければならなかったのだろうか?...
View Article那須ビール工場
「那須岳噴火」は、 1408~10の応永15~17年、 中規模水蒸気噴火(泥流)→マグマ噴火(泥流)が。場所は茶臼岳。 那珂川黄変。死者180余名。牛馬多数被害。マグマ噴出量は 0.041DREkm3。(VEI4)・1846年、 水蒸気噴火、茶臼岳・1881年の明治 14年、小規模水蒸気噴火、火砕物降下。鳴動、噴石、降灰で、噴火場所は茶臼岳山頂西側の無間火口及び北西側の火口。那珂川の魚被害とある。...
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