散策コース 小田原城址
「日本五大山岳城」 1)八王子城・ 東京都八王子市 山城「 北条氏照」 1587年 2)観音寺城 ・滋賀県近江八幡市 山城 「六角義賢」 1335年 3)七尾城・ 石川県七尾市 連郭式山城 「畠山義綱」 1428年 4)月山富田城 ・島根県安来市 複郭式山城 「 尼子経久」 1185年 5)春日山城・ 新潟県上越市 連郭式山城 「上杉謙信」 1336年・・・・・。...
View Article真鶴三ツ石岬の特製カレー
「石橋山の戦い」 平安時代末期の治承4年の1180年、 源頼朝と大庭景親ら平氏方との間で行われた戦いである。(治承・寿永の乱と呼ばれる諸戦役のひとつ) 源頼朝は、「以仁王」の令旨を奉じて挙兵。 伊豆国目代山木兼隆を襲撃して殺害するが、続く石橋山の戦いで大敗を喫した。 敗走した頼朝は山中に逃げ込み、船で安房国へ落ち延び、千葉で、再挙することになる。...
View Article下曽我で下車
「酒匂川」 二級河川、静岡県内では鮎沢川と呼ばれる。 富士山の東麓と丹沢山地の西南部を主な源流とし、JR東海の御殿場線と並走するように流れ、丹沢山地と箱根山の間を抜け足柄平野を南下、小田原市で相模湾へと注ぐ。 山間部から平野部に入るときに流れをコントロールし平野の中央を流れ、耕地を潤すように文命堤(岩流瀬堤、大口堤)が建設。...
View Article曽我兄弟の物語り
「五郎沓石」 曽我十郎祐成と五郎時致の兄弟は、 源頼朝が富士の裾野で巻狩りを行うので、この機会に日頃から親の敵と狙っている「工藤祐経」を討つ決心を。 そこで、母に .... 五郎の沓石 城前寺近く....
View Article2月 雪の富士山
一か月ぶりの富士山、今日の富士山はやはり雪が厳しい姿です。 雪が残る河口湖周辺は気温低く寒い日でしたが外国旅行者はいっぱい!往復の高速バスは満員でした。所用あり日帰りしました。 さすが富士急ハイランドは人は少なくいつもの賑やかな歓声は聞こえませんでした。 富士急ハイランドホテル
View Article土肥氏菩提寺 成願寺
昭和11年2月26日に日本帝国陸軍若手将校が決起・「2.26事件」 陸軍の皇道派の青年将校が対立していた統制派の 打倒と国家改造を目指し、約1500名の部隊を率いて首相官邸等 を襲撃した。 元内大臣であった「牧野伸顕伯爵」が宿泊していたのが 「伊藤屋」 東京以外で唯一事件の舞台がここ湯河原でした。 宿泊者は牧野元内大臣夫妻・お付の女中、看護婦、 護衛の巡査の計7名。...
View Article湯河原温泉への道
「万葉集」-奈良時代、約1200年前につくられた日本最古の一大国民歌集ー。 上は天皇から下は一般庶民にいたるまで各階級の人々の歌が集められている。編者は、「大伴家持」といわれ二十巻からなり、 雑歌・相聞歌・挽歌の三種に分類され、種類は長歌、短歌、施頭歌など、約四千五百余首の歌がおさめられている。 あしがりのとひのかふちにいづるゆの よにもたよらにころがいはなくに...
View Article湯河原梅林 幕山
「幕山 626m」 幕山浄水場、しとど庵という茶店、道を少し進むと左に「幕山公園」、右に4000本の梅林がある。 登山口。山頂まで2200m、右へ入って戻るように梅林の中の砕石道をいく、左手幕山の急斜面に露出した岩壁、梅や桜が植栽された道から松林、コナラの林に変わり、登山口から30分ぐらいで休憩舎のある展望所。...
View Article熱海の海岸散歩する
「金色夜叉」 熱海の海岸 散歩する 貫一お宮の 二人連れ 共に歩むも 今日限り 共に語るも 今日限り 僕が学校 おわるまで 何故に宮さん 待たなんだ 夫に不足が 出来たのか さもなきゃお金が 欲しいのか 夫に不足は ないけれど あなたを洋行 さすが為 父母の教えに 従って富山一家に 嫁かん 如何に宮さん 貫一は これでも一個の 男子なり 理想の妻を...
View Article熱海銀座から来宮神社へ歩く
熱海・相模灘に臨む温泉都市。 市内には、三本の川が流れ込んで、熱海駅から「糸川・初川・和田川」、熱海の語源は、熱い海ー湧き出た温泉がが三本の川で海水が熱くなったと云う。 奈良・平安期に温泉が出ていたと、源頼朝が伊豆山神社・箱根権現・三嶋神社を尊厳、参詣している。 小田原北条・江戸期に幕府の天領となった。 来宮神社からの「初川」急流である。...
View Article起雲閣から熱海桜と見番
東京の奥座敷として賑わった「熱海」。 徳川家康が湯治し、諸藩大名の湯治場として賑わい、将軍家御用の汲み湯も1660年から始まっている。 明治に入ると、作家・画家・芸能人等が住むようになっていった。「丹那トンネル開通・1934年」急速に発展、温泉保養都市となった。 熱海市は、総売り上げの約90%温泉旅館が占め、就業人口も約80%観光産業に従事していると云う、漁業も盛ん。...
View Article熱海の梅園 いつもながらの人気!
「熱海の梅園」 明治に入り、医祖長与専先生が「国民の健康の元をつくるには温泉と自然に親しむことが第一」 それに応じた「横浜の豪商茂木惣兵衛氏」が、山林25haに3000本梅を中心に植えたのが始まりと云う。 熱海の梅は日本一の早咲きと云う。 1月下旬です。 紅葉は日本一遅い 川は、初川の上流に...
View Article伊豆山神社 頼朝と政子の腰かけ石 縁結びの神社
「伊豆山神社」 修験道の始祖とされる役小角は伊豆大島へ配流され,この神社で修行したとある。 空海(弘法大師)が修行した伝承もあり、多くの仏教者や修験者が修行を積んだ霊場であったとある。 後白河法皇勅撰の「梁塵秘抄」には「四方の霊験者は伊豆の走湯、信濃の戸穏、駿河の富士山、伯耆の大山」と記されている。...
View Article熱海 走り湯と桜(2月中旬)
熱海温泉は、泉質・塩化物泉、硫酸塩泉・効能 婦人病、高血圧、動脈硬化などで、源泉500本以上、総湧出量約1万8000L/分と有数の温泉量を誇る。 昭和初期までは大部分が硫酸塩泉であったが、過剰揚水などで海水が広範囲に浸入して塩化物泉の分布が広がったといわれている。...
View Article塩の古道 秋葉道と宇佐美海岸
ー熱海ー来宮ー伊豆多賀ー網代ー「宇佐美」ー伊東(伊東線)伊東ー伊豆高原・・下田(伊豆急行) 無人駅「宇佐美駅」下車。 静岡県伊東市宇佐美・県の南東で市の北端、元田方郡宇佐美村。 海岸寄りに、国道135号線・海水浴場・住宅が密集、西の山側はミカン畑・江戸時代から、西に石など荷物の積み出し港と漁港と「秋葉道、中核的宿場」 で賑わった。...
View Article独特な建物 伊東市役所
平安・鎌倉時代 工藤氏の一族「工藤祐隆」家次)は、「伊豆国の大見・宇佐見・伊東」からなる久須見荘を所領。 出家し法名を寂心、久須美入道(久須見氏)と号した祐隆は、早世した嫡男・祐家の代わりに、後妻の連れ子であった継娘が産んだ子を嫡子とし 伊東荘を与えて「祐継」と名乗らせた。 一方、早世した祐家の子・祐親を次男として河津荘を譲り、「河津氏」を名乗った。...
View Article自然がいっぱい 伊東丸山公園
市街地の自然公園「丸山公園」 JR伊東駅から南西へ850m、徒歩約20分。 小沢川のせせらぎと自然林いっぱいの「水と緑」の公園で、6月上旬にはホタル観賞会が開かれ、ゲンジボタルが幻想的に舞う姿が、早春には梅を、春には桜、初夏の花菖蒲、秋には紅葉と四季の移り変わりを感じることのできる公園。 伊東の夜景 伊東 丸山公園 開園は、昭和48年・面積 7.50㏊ 2月中旬の公園内
View Article伊東 楽しい七福神と湯川神社
「伊東温泉七福神の湯」 七福神の湯の入り口に石像が祀っている。単純泉、弱食塩水で、神経痛・リュウマチなどの効能 1)湯川弁天の湯 湯川 2)松原大黒天の湯 松原本町 3)和田寿老人の湯 竹ノ内 4)毘沙門天ノ湯 芝町 5)岡布袋の湯 桜木町 6)蒲田福禄寿 宮川町 7)恵比寿あらいの湯 新井町。 「伊東七福神」 恵比寿神 新井神社ー大漁伊東湾・ 毘沙門天王 仏規寺ー天狗、厄除け・ 寿老神...
View Article伊豆高原 駅の雛飾り 城ヶ崎海岸
「伊豆諸島」 ー東京都・相模湾南方・富士火山帯・伊豆七島(大島、利島、新島、神津島、三宅島、御蔵島、八丈島)(青ケ島、べヨネーズ礁、鳥島、須美寿 島・・。でほとんどの島から縄文式の遺跡が発見されている。 7~8世紀にはすでに、流刑地(明治21年まで無人島の式根島を除く)。 江戸時代、幕府直轄地で、大島、新島、神津島、三宅島は塩年貢・八丈島は、絹年貢であった。...
View Article快適な小田急線で足柄へ
「小田急線」 1923年ー小田急急行鉄道が創立・25年に新宿ー小田原敷設工事・27年複線運転・29年江の島線・・。 1942年、京浜電気鉄道と共に東京横浜電鉄を合併し、東京急行電鉄と改称し、東京急行電鉄は、続いて1945年、相模鉄道の運輸営業管理を受託したので、ここに東京西南部のほぼ全域に至る私鉄統合が成立した。...
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